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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)4747号 判決 1979年4月23日

原告 河村政子 ほか一四名

被告 国

代理人 成田信子 斎藤和博

主文

一  被告は、原告河村政子に対し金四七万八七六七円、同河村勝正に対し、金四五六万一二六七円、同青柳ハルに対し金二二一八万二五三九円、同和地久江に対し金八三八万九一三二円、同和地弥生、同和地みどりに対し各金一一七三万九二六二円、同渋谷寅夫、同渋谷光子に対し各金一一五二万七八一八円、同甘木クニ子に対し金八二一万二九二一円、同甘木阿津美に対し金二二七五万四五四二円、同新地敦子に対し金八三六万六一九二円、同竹原里美、同竹原千春に対し各金一一二七万八九八二円、同酒見常次、同酒見政江に対し各金一〇八一万九五七〇円及び右各金員に対する昭和五〇年七月一日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  請求原因1・2の各事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの被告に対する安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任の主張(請求原因3(一))についてその当否を判断する。

(一)  本件訓練の実施体制及び指揮系統

<証拠略>によれば、海上自衛隊は、三自衛隊(航空自衛隊、海上自衛隊、陸上自衛隊)合同の航空救難体制を強化するとの昭和三七年三月頃の防衛庁の方針をうけ、海上幕僚長の命令により、大村航空隊所属のUF・2型機を第二航空群司令指揮下にある八戸基地に配備し、右第二航空群司令の計画の下で本件第二航空群総合訓練を実施したこと、右訓練の実施自体は、第二航空群司令が指揮権をもつが、右命令を受けて参加した大村航空隊所属の事故機塔乗員の人事管理並びに教育訓練等については、大村航空隊司令の指揮下にあつたこと、第二航空群司令は、本件訓練実施要綱を予め大村航空隊司令に配布したが、右司令間においては、どの訓練海域において、いかなる機種の飛行機を右訓練に参加させるか等の一般的調整がはかられたにすぎず、具体的に本件訓練海域の海域別にいかなる機種の飛行機を使用して、いかなる行動をとらせるか、あるいはいかなる捜索方法をとらせるか等の具体的調整がとられなかつたこと、第二航空群司令は、対潜哨戒機であるP2V型機を事故機とともに本件訓練に参加させたが、その際、P2V型機については、第二航空群司令の指揮下にあつた関係からその機種の特性、その塔乗員の練度等について十分考慮した反面、事故機については、大村航空隊所属であつた関係で、事故機が本件訓練に参加させるに十分かどうかの判断を大村航空隊司令に一任し、P2V型機が対潜哨戒機で、同機が基地とする八戸もいわば対潜部隊であつたのに対し、事故機は救難を主たる目的とする飛行機で、大村航空隊はいわば救難部隊であつて、本件のように遭難機の捜索という同じ目的の下に行動してもおのずから、その捜索方法が異なることがあつたにも拘らず、両機を参加させるにあたつて、別段、訓練海域・位置報告等について異なつた配慮をしなかつたことの各事実が認められ、他に右認定を覆するに足る証拠はない。

(二)  事故機の機位測定のための航法機器とその航法機器の本件訓練海域の夜間有視界飛行における性能

<証拠略>に本件弁論の全趣旨を総合すると、

事故機に装備されていた機位測定のための航法機器は、ADF受信機(無線方向探知機)、ロラン受信機、タカン装置、VOR受信機、マーカービーコン受信機、捜索用レーダー、偏流測定機であつたこと、ADF受信機は、地上局から常時発射されている無指向性電波を受信し、その到来方向を測定して局の方位を知るものであり、従つて、同時に二局の方位を測定し、それぞれの局からの反方位を航空図に記入し、その交点を求めることによつて、自機の位置を知ることができるが、二局と自機とを結ぶ交差角が六〇ないし九〇度のときに正確な位置を求めることができ、交差角が小さくなるに従い誤差が大となり、求めた位置の信頼度は低下すること、ロラン受信機は、主局と従局で一組となる二つのロラン局から発射される電波(ロラン信号)を受信し、その到着時間差を測定することにより、同一時間差の線をロランチヤート(ロラン海図)によつて一本の位置の線として求め、更に別の一組のロラン局の電波を測定し、同様にして同一時間差の線(位置の線)を求め、その交点によつて自機の位置を知るものであるが、地上波の減衰、空間波(電難層による反射波)の発生、磁気あらし等のため、ロラン信号の識別に注意が必要であり、連続的に使用していないと、ときに不正確な位置をチヤートに記入し、機位を誤認する場合が生ずること、タカン装置は、タカン地上局からの発信電波を受信し、地上局からの方位と距離を同時に表わすものでこれにより機位を知ることができるものであり、使用方法はADF受信機と同様であるが、タカンは極超短波(UHF)が使用されているため、受信範囲が可視距離範囲に限定され、特に低高度にあつては、地形の障害を受けるとともに電波の減衰度が大きいので、受信範囲内にあつても指示が不安定となる場合があること、VOR受信機は、電波超短波(VHF)が使用されるほかはADFと同じ原理に基づく受信機であり、従つてその性能は、距離が測定できないほかは、タカン装置と同じであること、マーカービーコン受信機は、マーカービーコン局から真上に発射される電波を受信し、その上空通過を知り、変針、着陸等に利用されるが、洋上では利用されることはないこと、捜査用レーダーは、本来の航法機器ではないものの、固定目標(山岳・海岸線)を受像した場合には、その目標からの相対方位と距離を知ることができるのであるが、探知距離は、雨、雲等の気象現象、航空機の高度、海面状況等により大きく影響を受け、探知方向は機首方向の左右七五度、上方一〇度下方二〇度の範囲(目標の大きさ及び目標までの距離によつてレーダー操作員が切換える。)であり、航法の補助的手段として利用されるに過ぎないこと、偏流測定機は、飛行機が行動する地域及び飛行高度における風向、風速を測定する機器であり、測風の要領は、航法員が偏流測定機で航空機の真下にある移動しない物標(夜間海上の場合においては飛行機より海面に落下せしめる航法目標灯等)に照準を合わせ、その物標の移動方向と飛行機の首尾線とのなす角度(偏流角)を測定するのであるが、通常、機長は行動する海域に入る前に二ないし三方向に二分程度飛行し、航法員に命じて前述の要領で偏流の測定を行い、あらかじめ、行動する海域の風向、風速を算出し、以後の航法の資料とし、捜索行動開始後は捜索業務のため精細な測風を行うことは困難となるため、捜索予定コースの長い航程の際には、一方向の偏流を測定し、飛行機が風により流れる状況を見て必要な場合は偏流角に対応する角度だけ風上側に機首を振り予定コース上を飛行できるように所要の修正を行うのが通例であること、事故機は、前示のとおり、夜間における有視界飛行を行つたものであるが、その場合において以上の航法機器をどのように使用するか、電波航法(電波受信機を主用して機位を求める航法)、推測航法(偏流測定機による測風によつて機位を推定する航法)のいずれを主用して行動するかは、一般的に、行動海域の特性、飛行高度による受信機の能力等を勘案して、機長の判断と責任に委ねられていること、本件訓練海域においては、事故機のADF受信機が捕捉しうる地上局は八戸、三沢、千歳の三局であるが、千歳局の電波は有効に利用することができず、右海域の西半分において八戸、三沢両局の電波を利用しうるに過ぎなかつた上に、右ADF受信機による機位測定には夜間誤差、海岸誤差が生じる可能性があつたこと、事故機のロラン受信機は、大釜崎にあるロラン主局と落石にあるロラン従局から発信する電波を捕捉し得たが、矢張り夜間誤差が生ずる可能性があつたこと、事故機のタカン装置は、三沢のタカン局の発する電波を捕捉し得たが、それは本件捜索訓練海域のほぼ西端に近い空域においてのみであつたこと、以上のように、本件訓練海域及び事故機の飛行高度の関係から、ADF受信機、ロラン受信機、タカン装置等による機位測定には、若干の困難性があり、又、捜索用レーダーは事故当時の訓練目的からしても航法用として専門的に使用されてはいなかつたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  通報航跡と追尾航跡の不一致

前記一の事実(事故の発生、及びその経過の事実)及び<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すると、

事故機の本件捜索飛行計画は、別図第二に示す訓練海域(北緯四一度〇分から同四一度三〇分、東経一四二度一〇分から同一四二度三〇分の経緯線で囲まれた海域)の中の別図第二に示す計画航跡を、高度一五〇〇フイートで有視界飛行状態を維持して飛行捜索するものであつたが、実際には、八戸基地を発進して七月二九日午後八時二四分右訓練海域北西端に達した後、概ね、別図第一に示す追尾航跡のとおり行動したこと、しかし事故機の当時の交信状況等によれば、事故機は、前記計画上の航路に従う意図の下に、別図第三に示す通報航跡(ただし、通報航跡といつても、海上自衛隊の本件事故調査委員会の担当者が、事故調査結果に基づき、事故機の通報位置地点を前記計画航跡を参考にしながら連結したもので、事故機機長等が飛行しているものと認識していたであろうと推測される航跡を示すに過ぎない。)を飛行していると判断していたこと、右追尾航跡と通報航跡を対比すると、二〇二四時(以下二四時間表示法を用いる。)から二一一九時まで(以下これを第一段階という。)は、二〇二四時及び二一〇〇時の通報位置地点は正確であり、両航跡図は概ね一致すると考えられ、特に問題はないが、二一一九時から二一四四時まで(以下これを第二段階という。)においては、二一三〇時の通報位置地点が実際の飛行地点より遙かに東南の地点であり、事故機の機位誤認が明らかであること、二一一九時から二一三二時の間の追尾航跡が中断しており、その間の通報航跡が大きく南にかたよつてきていること、更に二一三二時から二一四四時までは、追尾航跡と計画航跡は概ね一致しているが、通報航跡とは大きくかけ離れ、二一四四時から二二四八時まで(以下これを第三段階という。)においては、二二〇〇時における事故機の通報位置地点は、実際の飛行地点よりも大きく西南にかけ離れており、又、二二三〇時における事故機の通報位置地点も、同時における実際の飛行地点は判明しないが、二二〇四時までの事故機の追尾航跡からすると、実際の飛行地点からほゞ南又は西南に大きくかけ離れていたものと推測でき、両時点における事故機の機位誤認は明かであること、事故機は二一四四時に左旋回した後北進しており、二一四八時から二二〇四時まで(以下第四段階という。)は、全航程を通じて追尾航跡と通報航跡が大きくくい違つたこと、事故機は、発進前に八戸航空基地のブリーフイングで本件訓練区域内を二八〇度方向(西北西)から二〇ノツトの風が吹いている旨告げられていたが、二一三〇時現在の風は、一八〇度(南)から一六ノツトであつたので、通報航跡よりはるかに北方に流され、二二四〇時には、遭難地点付近に達したが、この頃同所付近一帯を覆つていた豪雨に遭遇し、計器飛行状態になつたところ、短時間で右雨域を通過できるものと考えてそのまま飛行を継続したため、遭難現場の山腹に衝突したことの各事実が認められ右認定を左右する証拠はない。

(四)  本件訓練海域の特性、事故機の機位誤認の原因等

本件訓練海域において事故機塔載の電波航法機器を使用するについて一定の限界があつたことは前認定のとおりである。

<証拠略>によると、

本件訓練には、事故機のUF2型機の他、前記P2V型機(機長玉田範雄)も参加したが、P2V型機は、本件訓練海域を統轄する第二航空群に所属していた関係で、本件訓練海域の夜間航法には慣熟しており、本件訓練にあたつても本件訓練海域における使用につき一定の限界のあつたADF・タカン・ロラン等の電波航法機器は使用せず、推測航法で飛行し、自機の機位は三六〇度方向を探知できる精度の高いレーダーを使用したこと、一方事故機においては、大村航空隊から第二航空群下の八戸基地に派遣された関係で、本件訓練に至るまで夜間における慣熟飛行訓練をなしたが、主として操縦士の離着水訓練に主眼を置いていたため、前記P2V型機ほど本件訓練海域においての夜間航法には慣熟しておらず、現に、本件訓練にあたつては、二一三〇時の位置をロラン及び、八戸、三沢にあるADF電波を使用して確認しようとしたが、この地域では、ロランは、大釜石と落石を含む一局を利用できるにすぎず、その電波機器の性能上、一本の方位線を求めうるだけで、他の方位線をとるために使用したと考えられるADFが事故機と三沢局・八戸局との位置関係からくる誤差更に加えて夜間誤差・海岸誤差等が重なつたため、ロランによる方位線とADFによる方位線の交点上に誤差が生じ、機位を誤認するに至つたこと、事故機は、この地域においてADFが右のような誤差を、生じるものであることを十分認識せず、更に右地域が襟裳レーダーサイトのレーダー覆域の北限に接していたことの各事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(五)  事故機塔乗員の夜間航法能力

<証拠略>によれば、事故機塔乗員の所属した大村航空隊では、その飛行管制が、航空局によつてなされていた関係で、夜間飛行が制限され、かつ夜間飛行は、有視界飛行状態でのみ許可され、無視界飛行状態の場合は、その発着が禁止されていたこと、事故機の機長河村一尉は、飛行時間約三〇〇〇時間の経歴をもつベテランパイロツトであつたが、夜間飛行時間は、一二〇時間ぐらいにすぎず、他のP2Vなどのベテランパイロツトのそれの約三分の一にすぎなかつたこと、河村機長は、操縦能力は優れていたが、機位を求め、風向、風速等により修正針路、速度を決する等のいわゆる航法の能力については、必ずしも十分な能力をもつておらず、日辻常雄が、大村航空隊司令をなしていた当時(昭和三六年から昭和四〇年四月まで在職)においては、右河村の航法能力を考慮して、洋上の相当高度な航法を要するような訓練には、大村航空隊の中で優れた航法能力を有する航法員香田三佐を同乗させ、ために通常は、パイロツトが機長であつたにもかかわらず、右の組合せの場合には香田三佐が機長となり右河村が一操縦士として訓練に参加したこと、更に本件のように大村基地から八戸基地に進出して行う訓練においても、昭和三七年四月一一日から昭和三八年九月三〇日までの間に河村が参加した七回の訓練においては、いずれも、香田三佐が機長兼第三操縦士(航法員)、河村が第一操縦士の組合せで出動しているのであり、昭和三九年三月香田三佐が転任したため、それ以降の訓練において右組合せが解消され、河村が機長兼第一操縦士として他の航法員との組合せで参加していたこと、航法員であつた青柳については、若い操縦学生出身でクラスの中では、優秀な部類に属したが、航法員という配置についた経験は一〇か月にすぎずかつ本件訓練海域における航法員としての経験は初めてで、右区域における電波上の特性を十分把握していなかつたこと、副操縦士の渋谷についても、経験は右青柳とかわらず、航法についての能力が十分あつたとはいえないこと更に日辻常雄は、転任する際後任者峰松秀男に対して右河村の航法能力について引継をしていたことの各事実が認められ、右認定に反する<証拠略>は措信しない。

(六)  ところで国は、一般的に、国家公務員に対し、その遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているのであるから、飛行機塔載の電波航法機器の使用に一定の制限があり、かつレーダーサイトのレーダー覆域の限界地域において夜間の航空救難捜索訓練を実施するに当たつては、それに参加する自衛隊機の機種・塔載されている航法機器の性能と当該地域におけるその限界・塔乗員の航法能力・予想される気象状況を十分考慮しながら、当該自衛隊機を派遣した航空隊基地との緊密な共同体制の下で、参加公務員の生命を危険から保護するよう配慮して、訓練計画を立案、実施すべき義務があるものというべきところ、前記一の当事者間に争いのない事実及び二(一)ないし(五)の認定事実によれば、本件訓練を指揮する第二航空群司令は、その実施に先立ち、予め、本件訓練実施大綱を事故機が所属する大村航空隊司令に連絡し、右司令間で、一般的調整をはかつたものの、本件訓練海域の海域別における機種の選定、各機種に応じた捜索方法の採用、あるいは、本件訓練海域における襟裳レーダーサイト・電波航法機器・塔載レーダーの性能の限界等に対する個別的指示等について具体的な調整がなされず、かつ、事故機がP2V型機に比べ本件訓練のような夜間航法に慣熟しておらず、河村機長は洋上の相当高度な航法を必要とする訓練ではしばしば他の有能な航法員の同乗を仰いでいたにも拘らず、大村航空隊司令において、事故機塔乗員の航法能力を十分具体的に考慮しないで、漫然と、河村機長を含む七名の大村航空隊員を八戸に派遣し、第二航空群司令としても、それをそのまま受け入れて本件訓練に事故機を参加させ、単に三〇分ごとの位置通報義務を課したにとどまり、何ら異なつた配慮をせずに訓練計画を実施したことにより、当時予想された風速、風向と異なつた風が、本件訓練海域において発生していた気象条件が重なつて、事故機が機位を誤認する過失を誘発し、これが事故原因になつたものというべきであるから、被告は前記安全配慮義務不履行の責任は免れがたい。

三  過失相殺

ところで、被告は、本件事故機の塔乗員の過失を主張するので、便宜、原告らの損害について判断するに先だつて、右主張の当否を検討する。

前記一の当事者間に争いのない事実及び二(二)ないし(五)の認定事実によれば、本件事故は、事故機が、電波航法機器の活用が困難な状態であるのにこれを主用して機位を確認しようとしたため、二一三〇時、二二〇〇時、二二三〇時、二二三七時においていずれも機位を誤認し、その結果別図第二に示す本件訓練計画コースをはずれて同日午後一〇時四〇分頃、右コース北方の遭難現場付近に進入させ豪雨に遭遇したが、その際、右付近を洋上の雲域で短時間に通過できるものと錯覚し、有視界飛行方式を指定されているのに、無視界飛行状態で約六分間も漫然と飛行を継続したため、惹起されたものであることが認められる。

ところで、本件訓練海域における事故機塔載の電波航法機器の使用につき前認定のとおり一定の限界があつたとしても、二〇二四時及び二一〇〇時における事故機の通報位置地点が正確であつたことは前記二(三)で認定したとおりであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、前記二(五)で認定した亡河村及び亡青柳の航法能力及び本件訓練海域における夜間有視界飛行の慣熟度からして、右認定の機位誤認は、亡河村が機長として、亡青柳が航法機器の操作等機長を適切に補佐すべき航法員として、それぞれ、航法上の判断を誤つた過失に基づくものと推認するのを相当とする。

次に、<証拠略>によれば、有視界飛行状態を維持するよう命ぜられて飛行している場合において無視界飛行状態となつた場合には、機長又は操縦士としては直ちに反転脱出して有視界飛行状態を維持すべき注意義務があることが明らかであるから、事故機が本件現場附近を無視界飛行状態で漫然と飛行を継続した点につき、亡河村は機長・正操縦士として、亡渋谷は正操縦士を適切に補佐すべき副操縦士として、いずれも右注意義務を怠つた操縦士の過失があつたと推認するのが相当である。従つて、本件事故の発生については、亡河村、亡渋谷、亡青柳の三名の過失を否定しがたいところであるが、他の事故機塔乗員の過失については、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。

右認定事実に基づき右河村機長・渋谷一曹・青柳一曹の、それぞれの右過失を斟酌すれば、事故機の最高責任者であつた河村の後記損害額については、四割の、又渋谷一曹・青柳一曹の損害額については各二割の過失相殺を認めるのが相当である。

四  損害

1  河村関係

(一)  亡河村の逸失利益

原告河村両名主張の逸失利益算定の基礎事実は、当事者間に争いがなく、かつ本件全証拠によつても、亡河村において、自衛隊定年退職前に転職する等の特段の事情があつたとは認められないところ、逸失利益現価の算定については原告主張の方法が相当と認められるので、それに従つて前記基礎事実から亡河村の自衛隊停年退職時までの逸失利益の現価を計算すると別表第一の一とおりであり、定年退職後の逸失利益の現価は、別紙第一の二とおりであり、更に退職手当は、別表第一の一下欄記載のとおりであるから、結局亡河村の逸失利益の現価は、右合計金一八八〇万六三三六円となる。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡河村の年令、家族状況等諸般の事情を考慮し、亡河村の死亡による精神的苦痛を慰藉するには、金四〇〇万円が相当である。

(三)  相続

亡河村の損害額は、右合計金二二八〇万六三三六円となるが、前記亡河村の過失を四割斟酌すると、その損害額は金一三六八万三八〇一円となるところ、亡河村の相続関係については当事者間に争いがないので、原告河村政子は妻として、同河村勝正は子として(他に相続人としての子一人が訴訟に参加していないことは本件記録上明らかである)、それぞれ右金員の損害賠償請求権の三分の一に相当する金四五六万一二六七円を相続したことになる。

(四)  損害の填補

金四〇八万二五〇〇円の損害填補額については、当事者間に争いがなく、右金員を原告河村政子が受領したことは、同原告が自陳するところであるから、右金員を同原告の相続取得分より控除すると、金四七万八七六七円となる。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告河村両名は、被告が任意弁済をなさないので、本訴の追行を弁護士に委任し、報酬の支払い約束をしていることが認められるが右出捐が本件債務不履行により亡河村に生じた損害とは認められず、又、被告において原告河村両名が相続取得した亡河村の本件債務不履行による損害賠償請求権につき任意弁済しないとしても、それによる損害賠償の額は民法第四一九条所定の範囲に止まるものであるから、弁護士費用についての同原告らの主張は失当である。

以上により、原告河村政子は金四七万八七七六円の、原告河村勝正は金四五六万一二六七円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

2  青柳関係

(一)  亡青柳の逸失利益

原告青柳ハル主張の逸失利益算定の基礎事実についてはすべて当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様な方法により亡青柳の逸失利益の現価を算定すると、金二七六七万六〇四四円となる(別表第二の一、二参照)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡青柳の年令、家族環境等諸般の事情を考慮すれば、亡青柳の慰藉料は、金三〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

亡青柳の損害額は、右合計金三〇六七万六〇四四円となるが、前記亡青柳の過失を二割斟酌すると、その損害額は、金二四五四万〇八三五円となるところ、亡青柳の相続関係についても当事者間に争いがないので、原告青柳ハルは、亡青柳の母であり、唯一の法定相続人として右金員相当の損害賠償請求権を相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金二三五万八二九六円の損害填補額については、当事者間に争いがなく、右金員を原告青柳ハルが受領したことは、同原告が自陳するところであるので、右金員を前記相続取得分より控除すると、金二二一八万二五三九円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告青柳ハルの主張は失当である。

以上により原告青柳ハルは、金二二一八万二五三九円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

3  和地関係

(一)  亡和地の逸失利益

亡和地の逸失利益算定の基礎事実については、すべて当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様の方法により亡和地の逸失利益の現価を算定すると、金三一二一万七七八六円となる(別表第三の一、二)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡和地の年令、家族環境その他諸般の事情を考慮すれば、亡和地の慰藉料は、金四〇〇万円を認めるのが相当である。

(三)  相続

亡和地の損害額は、右合計金三五二一万七七八六円となるところ、亡和地の相続関係についても当事者間に争いがないので、原告和地久江は妻として、同和地弥生・同和地みどりは子として右金員の損害賠償請求権の三分の一に相当する金一一七三万九二六二円をそれぞれ相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金三三五万〇一三〇円の損害填補額については、当事者間に争いがなく、右金員を原告和地久江が受領したことは同原告が自陳するところであるので、右金員を前記相続取得分より控除すると金八三八万九一三二円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告和地三名の主張は失当である。

以上により、原告和地久江は、金八三八万九一三二円、同弥生、同みどりは、各金一一七三万九二六二円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

4  渋谷関係

(一)  亡渋谷の逸失利益

亡渋谷の逸失利益算定の基礎事実についてはすべて当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様の方法により亡渋谷の逸失利益の現価を算定すると、金二八八三万四八五八円となる(別表第四の一、二)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡渋谷の年令、家族環境その他諸般の事情を考慮すれば、亡渋谷の慰藉料は金三〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

亡渋谷の損害額は、右合計金三一八三万四八五八円となるが、前記亡渋谷の過失を二割斟酌すると、その損害額は金二五四六万七八八六円となるところ、亡渋谷の相続関係についても当事者間に争いがないので、原告渋谷寅夫は父として、同渋谷光子は母としてそれぞれ右金員の損害賠償請求権の二分の一に相当する金一二七三万三九四三円を相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金二四一万二二五〇円の損害の填補額については、当事者間に争いがなく、右金員の二分の一ずつを原告渋谷寅夫・同渋谷光子がそれぞれ受領した(各金一二〇万六一二五円)ことについては同原告らが自陳するところであるので、右各金員を前記各相続取得分より控除すると各金一一五二万七八一八円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告渋谷両名の主張は失当である。

以上により原告渋谷寅夫・同渋谷光子は、各金一一五二万七八一八円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

5  甘木関係

(一)  亡甘木の逸失利益

亡甘木の逸失利益算定の基礎事実については、すべて当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様の方法により、亡渋谷の逸失利益の現価を算定すると金三〇一三万一八一三円となる(別表第五の一、二)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡甘木の年令、家族環境その他諸般の事情を考慮すれば、亡甘木の慰藉料は、金四〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

亡甘木の損害額は、右合計金三四一三万一八一三円となるところ、亡甘木の相続関係についても当事者間に争いがないので、原告甘木クニ子は、妻として右金員の損害賠償請求権の三分の一に相当する金一一三七万七二七一円を、同甘木阿津美は子としてその三分の二に相当する金二二七五万四五四二円をそれぞれ相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金三一六万四三五〇円の損害填補額については、当事者間に争いがなく、右金員を原告甘木クニ子が受領したことは同原告が自陳するところであるので、右金員を同原告の相続取得分より控除すると金八二一万二九二一円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告甘木両名の主張は失当である。

以上により原告甘木クニ子は金八二一万二九二一円、同甘木阿津美は金二二七五万四五四二円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

6  竹原関係

(一)  亡竹原の逸失利益

亡竹原の逸失利益算定の基礎事実については、すべて当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様の方法により、亡竹原の逸失利益の現価を算定すると金二九八三万六九四七円となる(別表第六の一、二)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡竹原の年令、家族環境その他諸般の事情を考慮すれば、亡竹原の慰藉料は金四〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

亡竹原の損害額は、右合計金三三八三万六九四七円となるところ、亡竹原の相続関係についても当事者間に争いがないので、原告新地(旧姓竹原)敦子は妻として右金員の損害賠償請求権の三分の一に相当する金一一二七万八九八二円を、原告竹原里美・同竹原千春は子として各三分の一に相当する同金額をそれぞれ相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金二九一万二七九〇円の損害填補額については、当事者間に争いがなく、右金員を原告新地敦子が受領したことは、同原告の自陳するところであるので、右金員を同原告の相続取得分より控除すると金八三六万六一九二円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告新地らの主張は失当である。

以上により原告新地敦子は金八三六万六一九二円、原告竹原里美・同竹原千春は各金一一二七万八九八二円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

7  酒見関係

(一)  亡酒見の逸失利益

亡酒見の逸失利益算定の基礎事実については当事者間に争いがないから、前記亡河村と同様の方法により、亡酒見の逸失利益の現価を算定すると、金二〇五〇万〇六四一円となる(別表七の一、二)。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡酒見の年令、家族環境その他諸般の事情を考慮すれば、亡酒見の慰藉料は金三〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  相続

亡酒見の損害額は、右合計金二三五〇万〇六四一円となるところ、亡酒見の相続関係についても当事者間に争いがないから、原告酒見常次は父として、同酒見政江は母として、右金員の損害賠償請求権の二分の一に相当する金一一七五万〇三二〇円をそれぞれ相続したものというべきである。

(四)  損害の填補

金一八六万一五〇〇円の損害填補額については当事者間に争いがなく、右金員の二分の一ずつを(各金九三万〇七五〇円)原告酒見常次・同酒見政江がそれぞれ受領したことは、同原告らが自陳するところであるので、右各金員を同原告らの各相続取得分より控除すると各金一〇八一万九五七〇円となる。

(五)  弁護士費用

原告河村両名についての説示と同様の理由によりこの点に関する原告酒見両名の主張は失当である。

以上により原告酒見常次・同酒見政江は、各金一〇八一万九五七〇円の損害賠償請求権を有するものというべきである。

(なお、被告の行為が不法行為であるとしても、原告らの損害賠償請求権が以上認定の限度にとどまることは同様である。)

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、原告河村政子が金四七万八七六七円、同河村勝正が金四五六万一二六七円、同青柳ハルが金二二一八万二五三九円、同和地久江が金八三八万九一三二円、同和地弥生、同和地みどりが各金一一七三万九二六二円、同渋谷寅夫、同渋谷光子が各金一一五二万七八一八円、原告甘木クニ子が金八二一万二九二一円、同甘木阿津美が金二二七五万四五四二円、同新地敦子が金八三六万六一八九円、同竹原里美、同竹原千春が各金一一二七万八九八二円、原告酒見常次、同酒見政江が各金一〇八一万九五七〇円及び右各金員に対する、訴状送達の翌日以降であることが記録上明らかな昭和五〇年七月一日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口繁 遠藤賢治 北秀昭)

別図 第一ないし第三 <略>

別表 第一のないし別表第七の二 <略>

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